『乱鴉の島』有栖川有栖

「孤島もの」は「旅(ないし非日常)」から始まる。登場人物が故意にせよ偶然にせよ「孤島」へ向かうのだ。最初から孤島に住んでいる人が登場人物になることは、あまりない(気がする)。この作品も「アンニュイな」火村とアリスが骨休めに旅行に行くところから始まる。
読書そのものが日常からの逸脱とすれば、この冒頭は、意図的ではないかもしれないが、読者を、彼らと共に「孤島」へと誘う。
島は(詩人としての)エドガー・アラン・ポーの世界だった。まさに「アリス・イン・ポーランド」(ポーランド!?…ちがう”ポー・ランド”だ)。ここから読者は文学者「海老原瞬」に心酔するアリスの視点によって、ポーの世界(アリス・イン…ってもういいですかそうですか)へ運ばれる。ただ、作品自体がポーの世界に染まらないのは、もう一人の闖入者と「海老原瞬」を知らない火村の視点があるからである。このバランスがとても上手で、月並みに言うととても読みやすい(ポーの詩論を列挙されても、読む気失せるでしょう?)。
それはそれとして現実の生臭い事件は起こる。火村が解決すべく乗り出すが、島に集った人々は何らかの秘密を抱えており、彼らはその秘密が暴かれることを極端に嫌う。犯人は?そして、秘密とは??
…正直、「秘密」は広げられた風呂敷の割りに大したことはなかった。けれどこれはミステリにおけるある種セオリーなのかもしれない。事件も、そのものを取り出すと、大したことはなく、すごいトリックがある訳ではない。たが「孤島もの」の主役は犯人でも秘密でもなく「孤島」なのだ。秘密も、犯人も、「孤島」と共に生まれ、そして、暴かれる。暴かれた後は、孤島は孤島でなくなる。そして私たちも本を閉じて日常に戻るのだ。

乱鴉の島

乱鴉の島